| Anarchy in the JP ─武者小路実篤 Seibun Satow Aug, 31. 2004 さあ、俺も立ち上るかな まあ、もう少し坐っていよう 武者小路実篤『さあ俺も』   「個人的なトラウマとその克服の物語が政治を動かしてしまうのが9・11後の世界である」最近の小説について、島田雅彦は、舞城王太郎やモブ・ノリオ、柳美里の最新作を例に、二〇〇四年八月二六日付『朝日新聞夕刊』の「『9・11後』とは」において、次のように述べている。  毎月の文芸誌を読んでいると、二十代、三十代の書き手の多くに共通のスタイルがあることに気付く。それはオノマトペとリフレインを多用した畳み掛けるようなリズムであり、メールの文面のように思い付きをそのまま言葉にした心内語中心の遠近法を欠いた描写なのである。  近代に入って以来、日本文学の小説家は、時代に応じて、新たな言文一致体を捜し求め続けている。「二十代、三十代の書き手の多くに共通のスタイル」も同様の動きである。けれども、この文体の特徴は決して新奇なものではない。それは私小説に典型的に見られる。彼らは、言葉遣いを別にすれば、近代文学の伝統をリフレインしているにすぎない。 最初にこうした文体を用いたのは、いわゆる私小説家ではない。武者小路実篤である。彼の文体が私小説の基準となり、定石になっている。「死んだものは生きている者にも大なる力を持ちうるものだ。生きているものは死んだ者に対してあまりに無力なのを残念に思う」(武者小路実篤)。  武者小路は、『お目出たき人』(一九一一)における次のような文体によって、文壇から一躍注目される。  自分はまだ、いわゆる女を知らない。 夢の中で女の裸を見ることがある。しかしその女は純粋の女ではなく中性である。 自分は今年二十六歳である。 自分は女に飢えている。 この『お目出度き人』や翌年に発表された『世間知らず』を宇野浩二と平野謙は私小説の淵源と指摘している。自然主義文学により非常に重苦しい閉塞状況に陥っていた文学界に、武者小路が登場し、個性の伸張と自己の肯定を主張する。”Maybe I'm a prehistoric monster by being
  an individual. It's highly likely. All I offer to others is their own
  individuality. Grab it!”(Johnny Rotten)露悪主義に偏っていた文学に、「自分」を主語とした平易で、ペーソス溢れる彼の文体は衝撃を与える。それを芥川龍之介は「文壇の天窓を開け放って、爽やかな空気を入れた」と述懐している。作品中、「自分は女に飢えている」を何度も繰り返し、思いつきを単純明快に短いセンテンスで言語化している。自己を意欲的に肯定しつつも、ペーソスによってそれが鼻につかない。「哀歓(ペーソス)は扇情的(センチメンタル)な催涙反応と関係が深い。その主人公はある弱点のために孤立しているものとして現わされるが、この弱点は、われわれ自身の経験と同じ水準にあるため、われわれの同情心に訴えるのである」(ノースロップ・フライ『批評の解剖』)。  二葉亭四迷の『浮雲』に始まり島崎藤村の『破戒』に至り、一九世紀的な言文一致体が形成される。武者小路はそこから二〇世紀的な言文一致体を生み出している。前者が国民文学の文体であるとすれば、後者はポップ文学と呼ぶことができよう。武者小路は、雅号を用いずに作品を発表した最初の世代であり、ポップ文学者の先駆けである。 小説家は、日露戦争まで、軽蔑される職業である。長谷川辰之助が文学を志したいと打ち明けた際に、父親から「何をたわけたことを。くたばってしめえ」と罵られて、「二葉亭四迷」が誕生している。そんな彼も「文学は男子一生の事業にあらず」と公言し、小説家と見られることを嫌っている。 武者小路はそんな偏見や反対に直面していない。武者小路実世子爵の第八子は皇族・華族の子弟向けの教育機関である学習院に進み、文学に傾倒する。一九〇七年四月、東京帝国大学文科社会科を中退後、志賀直哉らと十四日会を組織し、一九〇八年四月には、著作集『荒野』を刊行して、文学に専念している。友人たちから「武者」と呼ばれた彼には陽のあたる場所を歩き続けた毛並みのよさに加えて、文学に対する屈折した思いがない。 武者小路の文学はしばしば中学生の作文と揶揄される。文体は単純明快であり、華麗な修飾語を散りばめた凝った文体でもない。けれども、スムーズで、なめらか、明るさが大正期の人々にとって「モダン」を感じさせている。それは到来しつつある大衆社会にふさわしい。 武者小路が何を書こうが読者にとってそれはたいしたことではない。エドワード・G・サイデンステッカーは、『現代日本作家論』において、「かりに戦時中の発言のいくつかは、思想家としての冷静さを疑わしめるとしても、氏は明らかに個人としては立派な人である。問題はただ、藤村、武者小路の場合とも人生と芸術との混同が、小説と小説家との区別を困難にし、そこで小説をあるがまま荷に眺めることが難しいといいたいのである。他の長所はともあれ、武者小路氏が小説家だとは私には思われない」と指摘している。これは完全に正しい。武者小路の小説の主題は、切り口によっては、スリリングになりうる。しかし、彼は見事にそうさせない。『若き日の思い出』や『棘まで美し』では、三角関係を主題にしながら、まるで精神性が弱い。夏目漱石の小説とは大違いだ。また、五幕の戯曲『その妹』では、戦争で盲目となった画家とその妹の葛藤に苦しむ姿を描いている。一九一五年のこの作品などフランク・ボーゼージ監督の名作『第七天国』(一九二七)を思い起こさせる。でも、残念ながら、比較することさえ躊躇してしまう。劇団民芸などで上演され、さらに、原研吉監督により、一九五三年に、『その妹』は佐田啓二主演で映画化されている。愛読者には、大切なのは文体であって、作品ではない。どんな主題であっても、彼自身の文体が彩りを加えており、それが魅力だからだ。  エッジが効いていないので、先鋭的な読者には物足りなさを覚えるだろう。その代わり、武者小路の小説は定型的でわかりやすく、誰でも安心して楽しめる。森鴎外や夏目漱石の高い教養に裏打ちされた文体とは違い、すぐにでも書けそうに見える。それが武者小路文学の意義である。文学が文化だとすれば、読者層の幅の広さが不可欠である。文学は新奇さという先鋭さによって高度な読者を獲得する反面、底辺が縮小してしまう。武者小路が見ていたのは、文学にとって草の根の読者である。武者小路の文学は文学教育である。インタラクティヴな文学として、その文体から私小説が生まれ得たのである。行き詰ると、意識してようといまいと、日本文学は武者小路的な文体に回帰するようになる。 武者小路の代表作の『友情』と『愛と死』という恋愛小説は片山恭一の『世界の中心で、愛をさけぶ』と違いがないかのように見える。実際、『愛と死』は、石原裕次郎主演で、滝沢英輔監督によって『世界に賭ける恋』として一九五九年に映画化されている。しかし、片山に溢れる自己憐憫が武者小路にはない。基調はペーソスである。「自分は淋しさをやっとたえて来た。今後なお耐えなければならないのか、全く一人で。神よ助け給え」(『友情』)。 『愛と死』は、栗原小巻主演で、中村登監督により、一九七一年、原作通りのタイトルで再度映画化されている。『金色夜叉』(一九四八)のスクリプターを担当して映画と縁ができて以来、『その妹』と『愛と死』の他、『幸福な家族』が一九五九年に、『暁』が『いのちの朝』として一九六一年にそれぞれ映画化されている。 亀井勝一郎は武者小路の作品群を五期に分類している。しかし、ほとんどがペーソスの文学である。『幸福な家族』のような会話体の小説があったとしても、『お目出たき人』の類型である。主人公は恋が成就することもあれば、失恋することもある。けれども、たいてい、『若大将』シリーズの田沼雄一のごとく、裕福で、金銭や社会的地位に対する執着はない。理想家であり、友情に厚く、ちょっとぬけたところがある。このいささか間抜けさが武者小路において不可欠な要素である。彼はジュール・ルナールに近い。一九一九年に刊行した『幸福者』では、清廉で欲がなく、贅沢をせず、一文も持たず、集まってきた弟子たちに食を与えられながら、教えを説いている人物を描いている。また、一九四九年から連載を始めた『真理先生』で、画家志望なのに、石ばかり描きたがる馬鹿一を登場させ、とうとう『馬鹿一』という独立した小説まで書いている。 ぼくたちは、馬鹿一を訪れるときは、よく道ばたで雑草を折り取って持ってゆくのだ。馬鹿一は郊外に住んでいるから、馬鹿一の近くにはいくらでも草がある。その草を一本でたらめに取って、おみやげに持っていってやるのだ。 そして、 「どうだ、この美しさは。あんまり美しいので、きみが喜ぶと思って取ってきたのだ。」 と言うと、馬鹿一はすっかり喜んで、 「そうか、それはどうもありがとう。ほんとうにこれはすばらしい。さっそく写生しよう。どうもありがとう。ぼくは、今までにこの草を何度も見たが、まだこの草の美しさをじゅうぶん知ることができなかった。きみのおかげで、この草の美しさを知ることができるのは、ありがたい。」 そう言って、喜んで花びんにその草をさすのだ。そして、いろいろの角度から見て、 「なかなかこの美を見つけるのはむずかしい。よくきみに見つかったね。」なぞと言う。それが、すこしもひにくでなしに、大まじめなのだから驚く。そして、どうかすると、その雑草が美しく見えてくることがあるのはふしぎだ。 ときどき、ぼくたちは、馬鹿一は日本一のしあわせ者かもしれないと思うのだ。なにしろ悪意がないのだ。万事善意にとって、いつもうれしそうにしているのだ。 そして、いくら他人から悪口言われたって、にこにこしていて、 「きみたちにはわかるまい。きみたちでも十年勉強したら、ぼくのものがわかるようになるが、その暇がないから、わからないのだ。」なぞと、本気にそう思っているのだから、手がつけられない。 (『馬鹿一』) 武者小路の文体が日本文学の定型になったのはペーソスの文学を描いたからである。ペーソスは近代日本の最も主流の笑いである。ユーモアでもアイロニーでもウィットでもない。マンガには、新聞の四コママンガや田川水泡の『のらくろ』、藤子・F・不二雄の『ドラえもん』を含め、ペーソス・マンガの伝統があるだけでなく、それこそが日本マンガのプロトタイプである。代表的なペーソスのマンガ家として森田拳次と板井れんたろうがあげられる。ジョージ秋山は森田拳次、吾妻ひでおは板井れんたろうのアシスタントであり、彼らはその安定した基本をわずかに弄ることでラディカルな独自性を発揮している。「哀感(ペーソス)の根本概念は、われわれと同等の人間を、彼が加わろうと努めている社会集団から排除する、ということである。洗練された哀感の文学の伝統の中心は、こうして孤立した精神の研究であり、一見してわれわれ自身と違うところのない人間が、内部の世界と外部の世界との対立、想像上の現実と社会の共同意志によって作られる現実との対立によって打ちくだかれる物語である」(フライ『批評の解剖』)。ペーソスの作品の主人公は家族や友人、恋人、世間から見直されるために、奮闘努力する。けれども、そことで逆にドジをふみ、ズッコケてしまう。彼──女性や人間以外の存在のこともある──にはかすかな笑いと共に哀愁が漂うが、それは「彼が加わろうと努めている社会集団から排除」されているからである。その姿は日本社会におけるわれわれ自身である。武者小路はこうしたペーソスを文学にしたため、原型となり得ている。「我らは過去の人間から受けとつたものに我らの精神と労働とを加味して未来の人間に渡すものであ」(『我等は』)。 武者小路の最大の功績にはこの大衆社会的な言文一致の創始の他に、もう一つある。それは「新しき村」の創設である。そこにも、文体同様、ペーソスの哲学がある。  武者小路は、一九一八年一一月、宮崎県児湯郡木城村大字石河内字城に「新しき村」を建設し、彼の妻を含めた一五人と共に移住する。一年目に定住したのは、三八歳の文学者の他大人一七名、子供二名である。 武者小路は、開村に先だち、七月、機関誌『新しき村』を発行し、その創刊号に掲載した『新しき村の小問答』において、新しき村について次のように述べている。 A。 君は新しき村を建てたがつてゐるさうだね。僕の弟も仲間に入りたがつてゐる。一体新しき村と云(い)ふのはどんな村なのだい。  B。 新しき村と云ふのは、一言で云へば皆が協力して共産的に生活し、そして各自の天職を全うしようと云ふのだ。皆がつまり兄弟のやうになつてお互に助けあつて、自己を完成するやうにつとめようと云ふのだ。  A。 それなら田舎に引込む必要はないだらう。都会の方が我々の天職を発揮するに都合のいいこともあるだらう。  B。 それはないとは云はない。しかし僕達は現社会の渦中から飛び出して、現社会の不合理な歪なりに出来上つた秩序からぬけ出て、新らしい合理的な秩序のもとに生活をしなほして見たいと云ふ気もするのだ。つまり自分達は今の資本家にもなりたくなく、今の労働者にもなりたくなく、今の社会の食客的生活もしたくない。さう云ふ生活よりももつと人間らしい生活と信じる生活を出来るだけやりたいと思ふのだ。  A。 人間らしい生活とはどう云ふ生活だ。  B。 人間らしい生活と云ふのは、人類の一員としてこの世に生活してゆくのに必要なだけの労働を先づ果して、そして其他の時間で自分勝手の仕事をしようと云ふのだ。  A。 しかし今の世では人類の一員としてしなければならない労働をしない人や、人類の一員としてはしないでいいやうな労働許(ばか)りしてゐる人がある。だから君達許り、二三十人の人が人類の一員としてしなければならない労働をよし見出したにしろ、それだけの労働では食つてはいけまい。  B。 それはさうだ。自分達は小人数だ。現世の経済状態の影響をまるで受けないと云ふことは出来ない。又ともかく現世といろいろの点でつながりを断ち切ることは出来ない。現世には秩序は歪ではあつても、各自の生活も歪であつても、ともかく何千年の間の人の精神がつみかさなつてなしあげたいろいろの貴いものがある。自分達はそれはとり込めるだけとり込むつもりである。その他の点でも現世の経済の支配をある点迄(まで)はうける。そして人類の一員として義務を果すだけでは得たいと思ふものを得られない時、それ以上の労働も、それ以上の仕事も皆と一緒にやるであらう。しかし根本の精神だけは忘れないつもりだ。  A。 それから田舎に引こむのは、都会よりも楽に人間らしい生活が出来るからと云ふのだね。  B。 さうだ。つまり出来るだけ人間らしい関係のもとに自分達は生きられるだけ生きようと云ふので田舎に入るのだ。なるべく現世の人間同志の関係からはなれたくもあるのだ、自分達にとつては仲間の得することが自分の得することになるのだ。仲間の損は自分の損、仲間の喜びは自分の喜び、仲間の悲しみは自分の悲しみ、さう云ふ社会をつくらうと云ふのだ。現世は他人の損は自己の得を意味し、外国の損は自国の得と心得るやうに出来てゐる。自分達はそれはまちがひだと云ふことも、自分達の生活で示したく思つてゐる。さうして同志のふえることは我等の喜びであり、富を少数で占領しあとは貧民でないと社会はたもたないと云ふ考もついでに事実によつてぶちこはしたく思つてゐるのだ。  A。 話しがうますぎるね。  B。 しかしそれが本当だ。人間は利己心の動物だから僕達のやる生活はむづかしいと云つてよこした人があるが、利己心だつて元来の性質は自分を幸福に生かしたいと云ふのだ。他人に嫌はれたいとか、憎まれたいとか、さげすまれたい為にあるものではない。賢者は利己心を浄化することを知つてゐ、普通の人は社会の健全な精神によつてぼろを出さずにすませ、愚か者は制裁を恐れて利己心を引こめる。現世の利己心は他人を損させることによつて満足が出来るが、新しい村では他人を得させることによつてのみ満足される。自分は新しき村の為と云ふ精神が高潮されてゆけば利己心は恐れずにすむと思つてゐる。他人に迷惑を与へることは平気でも自分が迷惑を受けることはさけようとするにちがひない、新しき村は始めは一種の宗教団体のやうなものだ。自己の村にあまりに不適当な人間は破門位ゐはし兼ねないつもりだ。新しき村から破門されることは名誉なことではない。利己心のある愚かものも破門されることの損なことは知るであらう。その位の権威が新しき村に出来なければ、新しき村をたてる必要はない。  A。 君達は社会改良家か。  B。 僕は改良家と云ふ言葉は嫌ひだ。  A。 それならば、革命家か。  B。 いや、革命家と云ふ名も嫌ひだ。僕はむしろ思想家とか宗教家とか云はれる方が嬉しい。  A。 革命家と云はれるのがこはいのか。  B。 いやさうぢやない。さう思ひたいものは思はしておいてもいいが、僕は破壊者のやうに思はれるのは嫌ひだ。僕は建設者だ。新しき芽だ。自分達は新しき家をただ建てる。建てられるだけ方々に建てる。そして其処(そこ)に入りたく思ふものだけを歓迎する。旧い家よりも、もつと人間らしく生きられる新しき家をたてるのが自分達の仕事だ。しかしそれは自分達が其処で生活したいからでもある。他人に新しい家をつくれつくれと云つて自分は旧い家に入つてゐるのがいやだからばかりではない。自分達が入りたいからさう云ふ家をつくれるだけつくる。自分達だけでもさう云ふ生活に一歩入つたことは有意味で、自分達にはありがたいことだ。しかし同志がだんだんふえて、自ら責任をもつて進んで入つてくれればなほよろこびだ。自分達のたてる新しき家は、見すぼらしく貧弱であらう。しかし其処には人間の心が住みいい何ものかがある。それを信じてゐる。自分達は最期の勝利に一歩々々近づく希望を失なはないで見せる。  A。 それならつまり君は自分達が、人間らしい生活をすることによつて、人間らしい生活をしたがつてゐる同志を自づと集めようと云ふのだね。  B。 自分達は同志をあつめたいからさう云ふ生活をするのだと云ひ切られるのはいやだ。自分達は信ずる方に流れる小川だ。水が一滴でも流れこむことを望むが、またその為にも働くが、他の水を流れこます為に自分が流れてゐると云ひ切れないのと同じだ、両方二にして一だ。川は海に入れるか入れないかは同志がふえてくれるかくれないかできまるであらう、すべての宗教と同じやうに。しかしそれは自分が流れるべき方に一心に流れることによつて自づと得られるのだ。海に入るのが目的かも知れないが、流れる方に心をあはせて勇気を失なはず流れてゆけば、自づと同志の人はあつまることを自分達は信じてゐる。もし自分達の生活さへ人類の思召に叶(かな)へば。  A。 人類の思召に叶ふ生活をするのがつまり君達の理想なのだね。  B。 さうだ。それが僕達の理想だ。どうかして自分達は平和に幸福にお互に助けあつて生きてゆきたい。見かけはどんなに粗末でも人類の愛児になりたい。さうなれるやうにつとめてゆけば必ずものになる。  A。 それなら僕の弟も仲間に入れてくれるね。  B。 よろこんで入れる。君の弟さんのやうな真面目な、実直な、頭のいい、そして正しい生活に心からの憧がれをもつてゐる若々しい心の持ちぬしが入つてくれるのは随分よろこびだ。決して君が弟さんを入れたことを後悔しないでいいやうにして見せるつもりだ。弟さんによろしく。  A。 弟はさぞよろこぶだらう。  B。 僕達も嬉しい。人類に感謝したい。  このコミューンはレフ・ニコライヴィチ・トルストイのアナーキズムから影響を受けている。ただ、武者小路自身は理神論者と言ったほうがよい。「個人の死ぬことは自然は知っているのだ。ただ生きられるだけ生かして、その人の真価を出来るだけ地上に吐き出させたがっているのだ。この地上でなすべきことを出来るだけさせたがっているのだ」(『人生論』)。この理神論は人間の可能性を導き出す。一九二二年に発表した戯曲『人間万歳』では、神と天使たちの対話を通じて、神の偉大さと人間も神になれる希望を描いている。こうした力を備えた人間であるから、武者小路は「この門の内に入る者は自己と他人の生命を尊敬しなければならない」として、「自他共生」を説く。内発的な欲求に忠実にして、互いに自己を生かしていくことを目指し、農業労働を中心とする村の生活を始める。 Come on, baby, dry your eyes Wipe your tears Never like to see you cry Won't you please forgive me? I wouldn't ever try to hurt you I just needed someone to hold me To fill the void while you were gone To fill this space of emptiness I'm only human Of flesh and blood I'm made Human Born to make mistakes So many nights I longed to hold you So many times I looked and saw your face Nothing could change the way I feel No-one else could ever take your place I'm only human Of flesh and blood I'm made Human Born to make mistakes I am just a man Please forgive me The tears I cry aren't tears of pain They're only to hide my guilt and shame I forgive you now I ask the same of you While we were apart I was human too I'm only human Of flesh and blood I'm made I am just a man Human Human born to make mistakes (Human League “Human”) 武者小路の共生の理想はユニークな議決が端的に示している。新しき村において、利益を利用することは、全員が参加する会議によって決められる。新しき村では「仕事の会」と「諸問題の会」があり、その中でお互いの意見が交換される。しかし、命令系統はない。武者小路は、『新しき村に就いての対話』第二の中で、「そして議論がまとまらない時、七割が可決した場合は金の七割だけその仕事につかうことができる。一人の反対でも、無結果には終わらないことにする。それは次の事業にまでのばす」として、個人は多数決によって、「圧倒される必要はない。自分の納得できないことに手を出さないでいい。多数決に少数が服従する必要はない、尤もと思ったことだけする。尤もと思ったものだけがする」と言っている。”I don't need a Rolls Royce, I don't need
  a house in the country, I don't want to have to live in  結果をあせると 面白くない根性が首をだしたがる。 金があったらと、 金なんかなくっても 俺達の仕事は出来なければ恥だ。 その点、英国の新しい町より、 我等が深き根の上に立っている。 (『自分は結果を』) こうした認識は『白樺』の創刊時にすでに見られる。一九一〇年四月、武者小路が中心となって同人誌『白樺』を創刊する。霧になると、自分の周りに雨を降らす白樺の名を冠した雑誌だったが、巷では逆にして「ばからし」と陰口を叩かれている。彼ら白樺派は、漱石庵に集う門下生と違い、師匠に教えを請う弟子ではない。また、プロレタリア文学のような文学運動でもない。『白樺』は創刊の辞として「白樺は自分たちの小さなる力でつくった小さなる畑である。自分たちはここに互いの許せる範囲で自分勝手なものを植えたいと思っている」と掲げている。この編集方針には武者小路の考えが反映されている。武者小路は、『個人主義の道徳』において、「自分には領土がある、その領土を他人に蹂躙されたくない。そのかわり、他人の領土を自分が蹂躙しようとは思わない。自分の領土というのは自我の支配する範囲である。自分の所持品、自分の身体、自分の意思、自分の気分、自分の一生等である。(略)要するに自分は個人主義者である。自分の自我を尊重するように、他人の自我を尊重する、他人のために不快な思いをしたくないように、他人を自分のために不快にさしたくない」と言っている。この個人主義は国家主権と内政不干渉に立脚するウェストファリア体制のヴァリエーションである。”I'm not here for your. You're here for
  mine”(Johnny Rotten).一六四八年に締結されたこの条約は最初の国際条約であり、近代的な国家概念はここから派生している。武者小路は近代的な個人による対等な関係を『白樺』に具現させようとしたのである。 Turn the page and it’s the scoop of the
  century Don’t wanna be l seven I had enough of
  this This is brainwash and this is a clue To the stars who fooled you Tell me why you cant explain You’re only looking for vinyl yeah Didn’t they fool you they wanna be you Gimme world war 3 we can live again You didn’t fool me but I fooled you You wanna be me yeah you wanna be me You wanna be someone yeah ruin someone Yeah, didn’t I fool you I ruined you yeah Didn’t I fool you I sussed you out I got you in the camera and I got you in
  my camera A second of your life ruined for life You wanna ruin me in your magazine You wanna cover us in margarine And now is the time to realize to have
  real eyes Down down down down and I’ll take you
  down on the underground Down in the dark and down in the crypt Down in the dark where the typewriter fit Down with your pen and pad ready to kill
  to make me ill Down wanna be someone wanna be someone Make it as someone you wanna be me ruin
  me A typewriuter God a black and white king Pvc blackboard books black and white I wanna be me  (The Sex Pistols “I Wanna Be Me”)  武者小路自身は、病身の母の近くに住むため、一九二六年に村を離れ、村外会員となるものの、賛同者が運営を続ける。新しき村には二種類の会員がある。村の中で暮らす村内会員と理念に共鳴して外から協力する村外会員である。村外会員には会費を納めれば、誰でもなれる。木城の村は県営ダムの建設によって農地の大半が水没することになり、三九年には埼玉県入間郡毛呂山町に「東の村」が建設される。「東の村」は四八年に財団法人となり、養鶏・稲作・畑作・パン製造・陶芸・椎茸・茶の栽培を活動として続けている。言うまでもなく、最大の目標は農業活動ではなく、あくまでも真に平和な「自他共生」の世界の実現に寄与することである。「新しき」と冠しているのに、原始共産制への回帰は復古主義的ではないかという非難はあたらない。この「新しき」は社会の新陳代謝の促進を意味するからだ。復古主義や農本主義ではなく、「生れ死ぬ。死ぬ生れる。かくて人生は常に新しく、常に新鮮である」(『若き日の思い出』)。現在、入り口に「この道より我を生かす道なしこの道を歩く」が掲げられている「新しき村」は付近の白木八重牧場や川原自然公園などとともに尾鈴県立自然公園の一部に指定されている。バイオリニストの石川静もここで生まれている。”Destroy everything. That's all well and
  fine, but you got to offer something in it's place. Since I always have a
  point and purpose to what I do, that’s why people accuse me of being
  calculated. It's the way I am. I always know my next move. I could never
  conjure up a death wish, this is all I have is life. I don't know what comes
  next, and frankly I'm in no rush to find out. I don't believe in playing a
  martyr just for the sheer hell of it. And for something as childish as Rock
  'N' Roll is not on”(Johnny Rotten).  こうしたコミューンの活動は新しき村だけではない。コミューンは左右や宗教を問わず、資本主義体制の発展と共に、何度も提唱されている。コミューンは中世の封建君主あるいは国王から自治権を認める認可状を得た市民あるいは町民の団体を意味する。中世のコミューンはフランスやイングランド、イタリア、スペインなどの諸国に存在している。一八七一年のパリ・コミューン以来、主として社会主義的な自治政府に用いられるようになっている。日本でも、明治時代に西田天香の一燈園や伊藤証信の無我苑など宗教を基盤としたユートピア実現の試みが生まれ、河上肇も参加している。また、宮沢賢治や満州事変を指揮した石原莞爾もコミューンを建設しようとしている。第二次世界大戦後には、ヤマギシ会や大倭(おおやまと)紫陽花(あじさい)邑(むら)といったコミューンも始まっている。カウンター・カルチャーの時代には、世界的に、工業化した都市の中心から離れたところで新しいライフ・スタイルを追求するヒッピーによって、小さな農業コミューンがつくられている。 正直、コミューンは、旧ソ連のコルホーズ・ソフホーズや中国の人民公社を含めて、ほとんどは成功したとは言い難い。しかし、イスラエルのキブツは数少ない例外である。一九〇九年に最初のキブツがガリラヤ湖畔にできて以来、増加し続け、今日では二七〇近くある。その人口はイスラエルの全人口の三%に当たる一三万人であり、農業生産は全体の四〇%、輸出向け工場製品の約八%を占めている。ダヴィッド・ベングリオンやゴルダ・メイア、イガエル・アロンといった政治指導者もキブツ出身者である。 コミューンは、長年、現実の資本主義・国民国家体制によって押しつぶされてしまうのがオチであると揶揄されてきている。けれども、今、コミューンはネット上で無数にある。チャットや掲示板もそうだったが、ブログやソーシャル・ネットワーキングは主流のコミューンと見なせるだろう。合衆国の大統領選挙ではブラガーの発言は無視できない影響力を持っている。さらに、ネット・ラジオによってコミューンが形成されている。コミューンが新たな社交の場であり、新たな公共性の構築として機能している。コミューンを空想家の戯言と切り捨てる時代は終わったのである。 新しき村が他のコミューンと違うのは、武者小路がこの試みに向けられた嘲笑に反発もせず、自覚的だった点にある。 自分は自分を笑ってやりたい。  腹の底から笑ってやりたい。  さうして、  俺はお前に愛想をつかしてきたと云ってやりたい。  もう少しお前は豪(えら)いかと思っていたと云ってやりたい。  かう云つても腹がたたないかと云ってやりたい。  さうして、  腹の底から笑ってやりたい。 (『笑ってやりたい 』)  笑うよりも笑われることの尊さを坂口安吾は、『ピエロ伝導者』において、次のように始めている。  空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。屋根の上で、竹竿を振り廻す男がいる。みんなゲラゲラ笑ってそれを眺めている。子供達まであいつは気違いだね、などと言う。僕も思う。これは笑わない奴の方が、よっぽどどうかしている、と。そして我々は、痛快に彼と竹竿を、笑殺しようではないか! しかし君の心は言いはしないか? 竹竿を振り廻しても所詮はとどかないのだから、だから僕は振り廻す愚をしないのだ、と。もしそうとすれば、それはあきらめているだけの話だ。君は決して星が欲しくないわけではない。しかし僕は、そういう反省を君に要求しようと思わない。又、「大人」になって、人に笑われずに人を笑うことが、君をそんなに偉くするだろうか? なぞとききはしない。その質問は君を不愉快にし、又もし君が、考え深い感傷家なら、自分の身の上を思いやって悲しみを深めるに違いないから。 僕は礼儀を守ろう! 僕等の聖地に曰く、およそイエス・ノオをたずねべからず、そは本能の犯す最大の悪徳なればなり、と。又曰く、およそイエス・ノオをたずねべからず。犬は吠ゆ、これは悲しむべし、人は吠えず、吠ゆべきか、吠えざるべきかに迷い、迷いて吠えず、故に甚しく人なり、と。 竹竿を振り廻す男よ、君はただ常に笑われてい給え。決して見物に向って、「君達の心にきいてみろ!」と叫んではならない。「笑い」のねうちを安く見積り給うな。笑い声は、音響としては騒々しいものであるけれど、人生の流れの上では、ただ静寂な跫音である時がある。竹竿を振り廻す男よ、君の噴飯すべき行動の中に、泪や感慨の裏打ちを暗示してはならない。そして、それをしないために、君の芸術は、一段と高尚な、そして静かなものになる。 武者小路は「竹竿を振り廻す男」である。新しき村は夜空の星をとろうと、「竹竿を振り廻す」ことかもしれない。でも、「決して見物に向って、『君達の心にきいてみろ!』と叫んではならない。『笑い』のねうちを安く見積り給うな。笑い声は、音響としては騒々しいものであるけれど、人生の流れの上では、ただ静寂な跫音である時がある」。「息をする限り、希望を抱く(dum spiro, spero)」。武者小路には失敗したら、そのとき考えようという楽天さがある。「自分の一番自信があるのは、人間としての自分である。特殊の人間、専門的人間とせず、ただあたりまえの人間として、つまり幸福な楽天家としての自分に自信がある」。禁欲的快楽主義者が彼にはぴったりだ。生活感がまったく漂わない。ギラギラとした野心など微塵もない。恵まれた家庭環境に対する負い目もない。育ちのよさからくる怖いもの知らずで新し物好き、冒険心が彼を動かし続ける。彼にはトラウマがない。”I'd love to have been born into a
  wealthy family. I might have turned out even more marvellous than I am
  now”(Johnny Rotten). 屋根で竹竿を振り廻す男に向かって、その親父が尋ねた。「おい、おめえ、何やってんだ?」 「あっ、父ちゃん。うん、俺、星をとろうと思ってんだ」。 それを聞いて、呆れるように、親父はこう言った。 「馬鹿だなあ、おめえは。そんなことできるわけねえだろ。ありゃ、雨が落ちてくる穴だ」。  そういう「ピエロ伝道者」が始めた新しき村はペーソスのコミューンである。彼はすべてにおいてペーソスを追及している。ペーソスはほのぼのとしているけれども、実は、恐ろしい。「哀歓 (pathos)とは悲劇よりももっとゆるやかで、寛いだ気分のようだが、ずっと恐ろしい。その根本になっているものは一個人を村八分にすることで、それゆえにわれわれのいちばん深層の恐怖をかきたてるのだ。この恐怖は、比較的居心地よく、つき合いのいい地獄の幽霊よりもよっぽど深い」(フライ『批評の解剖』)。ペーソスは「いちばん深層の恐怖をかきたえる」が、その居心地のよさのために、トラウマを生じさせない。ペーソスはトラウマをやりすごさせる。「個人的なトラウマとその克服の物語が政治を動かしてしまうのが9・11後の世界」において、武者小路のペーソスは必要とされている。「竹竿を振り廻す男よ、君の噴飯すべき行動の中に、泪や感慨の裏打ちを暗示してはならない。そして、それをしないために、君の芸術は、一段と高尚な、そして静かなものになる」。 Right! now ha, ha I am an anti-Christ I am an anarchist, Don't know what I want But I know how to get it. I wanna destroy the passer by 'cos I wanna be anarchy, Ho dogs body Anarchy for the  It's coming sometime and maybe I give a wrong time stop a traffic line. Your future dream is a shopping scheme ‘cos I wanna be anarchy, It's in the city How many ways to get what you want I use the best I use the rest I use the enemy. I use anarchy 'cos I wanna be anarchy, Its the only way to be Is this the MPLA Or is this the UDA Or is this the IRA I thought it was the  Or just another country Another council tenancy. I wanna be an anarchist (oh what a name) And l wanna be an anarchist (I get pissed destroy) (The Sex Pistols "Anarchy in the UK”) 仲良き事は美しき哉 (武者小路実篤) 〈了〉 参考文献 武者小路実篤、『武者小路実篤全集』全一八巻、小学館、一九八八─九一年 『日本文学アルバム11 武者小路実篤』、 筑摩書房、一九五五年  伊藤信吉、『ユートピア紀行 有島武郎 宮沢賢治 武者小路実篤』、講談社文芸文庫、一九九七年 柄谷行人編、『近代日本の批評 明治・大正篇』、福武書店、一九九二年  坂口安吾、『安吾全集14』、ちくま文庫、一九九〇年 中川孝、『武者小路実篤 その人と作品の解説』、皆美社、一九九五年  福田清人 
  『武者小路実篤』、清水書院、一九八四年  本多秋五、『「白樺」派の作家と作品』、未來社、一九六八年  エドワード・G・サイデンステッカー、『現代日本作家論』、佐伯彰一訳、 新潮社、一九六四年  ノースロップ・フライ、『批評の解剖』、海老根宏他訳、法政大学出版局、一九八〇年 DVD『エンカルタ総合大百科2004』、マイクロソフト社、二〇〇四年 セックス・ピストルズ、CD『勝手にしやがれ!!』、EMIミュージックジャパン、一九九一年 セックス・ピストルズ、CD『アナーキー・イン・ザ・UK』、EMIミュージックジャパン、一九九二年 新しき村・武者小路実篤記念美術館 http://www2u.biglobe.ne.jp/~sin_mura/ 財団法人新しき村 http://www.atarashiki-mura.or.jp/ |